否定しないことは優しいわけじゃない

職場のスタッフに「ほっといてちゃんは本当に優しいですよね」と言われることがある。わたしはその度に「優しくしてるつもりはないんだけどな」と心の中で苦笑いをする。

 

わたしの作業スペースは人が集まりやすい場所にあるため、若いスタッフの出入りが激しい。そうなると自然とスタッフから話しかけられ、自分のことをあまり話さないわたしは聞き役になることが多い。

 

仕事でミスしたり不満が溜まっているスタッフが愚痴を言いにくることも多く、そのときもわたしは相槌を打ちながら相手の話を聞く。向こうは愚痴を言いにきてるだけだから、こちらからアドバイスといった余計なことはしない。相槌を打ち、共感の言葉をかけ、相手を否定しないことを心がけている。

 

相手に期待していないだけ

話を聞くだけで、反論しないだけで、わたしは優しいわけではない。というか、それは優しさとは言わない。

 

わたしは基本的に人のためになにかしたいと思っていない。極端なことを言えば自分が良ければそれでいいし、そういった意見も含めて万人に受け入れられることを望んでいない。その代わり自分でできることは自分でどうにかするし、わたしも相手に今の相手以上のものを求めないから放っておいてほしい。対人で自分のエネルギーを消費したくないという、優しさとは真逆の思考の持ち主である。

 

字面だけ見たらとんでもない自己中人間だが、そんなわたしでも人から見たら優しいらしいのだから、他人の目というものは当てにならない。まあ、彼らの言う「優しい」は「心が優しい」を意味するのではなく、「自分の話を黙って聞いてくれるから優しい」というだけの話なのだろう。

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