サービスは無限じゃなく有限である

わたし自身がサービスを提供している側だからということもあるが、わたしはどこに行ってもサービスを過剰に期待しない。そもそもサービスを『してもらう』という目線を持たないようにしている。

 

あくまでわたしと店員さんは対等で、わたしは支払いをするから店員さんは商品やサービスをわたしに提供する。それだけの関係。

 

そりゃあぞんざいに扱われたらいい気はしないし、腹が立つかもしれないが、そしたら店員や店を変えればいいだけの話。これだけ物も店も飽和している日本で、そこだけに依存する理由はないだろう。

 

サービスしてもらって当たり前だと思っている人が多すぎる

お金を払っているのだから当たり前だと言う人もいるだろうが、紙幣価値なんてその人の年収や価値観によって違う。また、その考えによってサービスへの期待が上がると、実際のサービスが期待を下回ったら不満となり、クレームに繋がるだろう。

 

そうなると時間と体力を使うし、店側もクレーム対応に追われた分の仕事ができなくなるし、何より疲れる。両者にとってメリットがない場合が多い。

 

サービスする側も人間なのだから当然ミスをする。数え間違い、渡し間違い、言い間違い。いずれにしてもしたことがない人なんてこの世にいないだろう。仕事としている以上、ミスを減らす努力や工夫はするべきだと思うが、100%防ぐことは無理である。中には店員がミスするのを虎視眈々と待ち構えている人もいるが、当然こういった人物は店側にはブラックリストとして登録されている。

 

だからわたしは期待しない

人はわたしのことを優しいと言うけれど、そんなことはない。それはわたしの上辺でしかない。本当に優しければその人にとって成長や改善に繋がる進言をするだろう。

 

だから時間と労力を割いて文句を言うクレーマーは本来貴重だし、愉快犯はともかく筋の通っているクレーマーに関してはめんどくさい、と切り捨ててはいけないのである。

 

しかしわたしはそんなことはしない。それがその人の仕事のレベルで、その人がわたしにふさわしいと思ってした対応なのだと受け取る。もし不快に思えば当然そこには足を運ばなくなるが、そもそも期待していないのでそうなることはあまりない。

 

どれが正しいかはわからないが、わたしは相手に期待しないから相手もわたしに期待しないでほしい。おそらく、基をたどれば自信のなさの現れなのだろう。でも、店員と客の立場は対等で、どちらかが一方的に過剰な対応を要求するのはなんか違うよな、という気持ちはずっと変わらないだろう。

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