終わりがあるから耐えられるのに、終わりが見えない

わたしがこれから先の人生に希望を持てていない理由のひとつに、先が長すぎるというのがあると思う。
 
 

アラサー独身女の幸せとは

わたしは無趣味で、休みが少ないし労働が嫌いだから仕事も楽しくないし、とにかく何かに打ち込んでいると言えることがない。友人も少なく恋人もいない。貯金は100万程度あるが、ずっと正社員でいたことを考えると少ない。その代わりに借金はない。
 
ぼちぼちとオーネットの婚活を再開してみたが、完全に暇つぶしとなっており、これは遠からず終焉を迎えるだろう。結婚や出産に対する意欲が底辺にまで来ているからである。
 
パートナーは欲しいとは思うが、結婚したいとか子育てをしたいという願望が今は極端にない。それより優先すべきなのは自分自身を幸せに、楽しく過ごせるようにすることだと思う。そうじゃなければ旦那になる相手や子どもに失礼だし、無責任だろう。
 
そんなのそういう立場に立ってみないとわからないかもしれないが、とにかく現在のわたしでは結婚も出産もする資格がないと思っている。
 

なぜこんなに人生に悲観的なのか

学生時代なら週末の休日の他に夏休み、冬休み、春休みと長期休暇があった。だから途中嫌になったときもあったけれど卒業まで至れたし、若かったからまだ気力もあった。
 
しかし学生でなくなってからは一日の拘束時間は長いし、ろくに休みはないし、長期休暇なんてもちろんない。なのに周りからは「若いのにもっと遊ばないの?」だの「結婚の予定は?」だの悪意のない圧迫を押し付けられる。普通の人にはこなせるタスクなのかもしれないが、陰キャで時間に余裕がないとすべてのやる気がそがれるわたしには荷が重い。
 
そして望んでいないのにどんどん伸びていく平均寿命。自分がそれにぴったり当てはまるわけではないが、街中を見れば提示される数字に嘘偽りがないことはわかる。
 
今のわたしで、どうして人生を楽観的に見れるだろうか。じゃあ楽しめばいいじゃないか、趣味を見つければいいじゃないかという真っ当な意見も今は耳に入らない。それくらいにわたしは無気力なのである。
 

前向きじゃなくてもいいから生きていくために

じゃあどうすればいいのか。もうわたしは短命であると思いこみ、そのつもりで生きていった方がいいのではないだろうか。それだったらまだ明るく物事をとらえられる気がする。終わりが見えないからわたしは鬱々としてしまうのである。
 
現在のわたしのやる気が低迷している主な原因は仕事にあると思う。労働時間、残業代が出ない、有休がとれないことを含めた休日日数、会社の方針など。しかし不満が具体的であることは、次さがすときに不満のもとを避けることができるので、悪いことばかりではない。
 
人生順風満帆に、イージーモードで生きてみたかった、と思うけれどまだまだ先は長い。命を絶つという選択肢はまだないので、これからもだましだまし生きていこうと思う。なにかいいことがあったらラッキーということで、わたしはまた朝を迎えるのだろう。

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