『若いうちに苦労しないといけない』は本当か

昔から半信半疑の命題がある。それが『若いうちの苦労は買ってでもせよ』という故事である。
 
わたしは嫌なことからずっと逃げてきた。朝起きるのが辛くて学校に行かなくなった時期もあるし、授業が面白くなくて出席日数を満たした時点で授業に出なくなったこともあるし、前職では給料が上がらないのに期待されるのが嫌になって退職した。
 
記憶に残っていないだけでサルベージしたらもっと多くのことから逃げてきたのだろうけれど、いずれにしてもあまり覚えていないし、違う選択をしていたらどんな人生を歩んでいたのかと考えることはあっても、特に後悔はしていない。
 

苦労してまで生きていたくない

わたしは生に対して執着が薄い方だと思う。極端な話、わたしは自分が癌に罹っても治療をする気はない。だから生命保険は解約したし、新しく医療保険に加入する気もない。そうなったら事実を受け入れ、残りの人生をより好きに楽しもうと考えている。
 
わたしがそう考えられるのは、今のわたしには何もないからだろう。守るものも守ってくれるものもない。孤独なのである。それを寂しいとか、惨めだと思う人もいるかもしれない。
 
そんなわたしだから嫌なことから逃げ続けられる。身一つしかないのだから、逃げたところでわたしは困らない。「逃げられた側は困るだろ」という意見もあるだろうが、人と関わって生きている以上迷惑をかけずにいることは不可能だし、そもそもわたし一人いなくなったくらいでどうにもならなくなることなんてない。
 
苦労から逃げ続けてきたわたしであるが、そのしっぺ返しが来るのかどうかはわからない。もしかしたら現状がそれなのかもしれないが、受け入れられる心構えがあり、またいつでも逃げれる以上、買ってまで苦労をしなくてもいいんじゃないかというのがわたしの意見である。

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