「今日も一日頑張ろう」という言葉が嫌い

ある日の朝に知人と連絡をとっていて、区切りのいいところで向こうから「今日も一日頑張ろうね」という一文が送られてきた。わたしはその言葉によって、朝からげんなりした。

 

 

頑張らなきゃいけない日があってほしくない

わたしは緊張しいというか、あがり症の傾向がある。「頑張らなきゃ」と思うと空回りしそうになったり、力を発揮できなくて後から反省会が盛大に行われてしまうので、なるべく意識しないでいたい。そもそも、急かされることが嫌いだ。

 

だからわたしは頑張りたくないし、頑張りを期待されたくない。常にフラットでいたいのである。

 

仕事しか予定がないのに頑張れない

出勤の日は一日の大半が仕事に拘束されていることもあり、基本的にわたしは予定を入れていない。今の仕事は朝も早いので、予定を入れる気が更々なくなった。睡眠を優先したい。

 

陽の言葉と相性が悪い

今の仕事に就いてから休日を自分の休息以外に使えなくなり、フラストレーションがかなり溜まっている。そんな状態で「頑張ろう」と言われても、肯定的に受け止めることがわたしにはできない。受け止められているくらい精神が大人であればこんな陰鬱なブログを書いていない。

 

決して「今日も頑張ろう」とメッセージを送ってきた知人が悪いわけではないし、否定しているわけではない。ただ、わたしとその言葉の相性が悪かっただけなのである。

 

わたし自身に大きな負の感情が渦巻いているために、反発してしまうのだろう。前向きでキラキラとした人や言葉を前にすると、わたしは自分の影がひときわ濃く感じてしまう。それはそれ、これはこれと脊髄で受け止められるようになるにはもう少し時間がかかりそうである。

スポンサーリンク