ある時突然理解する

お告げがやってくる

散々頭を捻ってもわからなかったことが、ある時なんの脈絡もなく腑に落ちることがある。ああ、あれはああいうことだったのか、と真理の扉を開いたかのような気分である。

 

この経験は一度や二度ではなく、これまで幾度となくあった。舞い降りてくるのは数日後とかではなく、数ヶ月後や数年後と、悩みを忘れかけた時にやってくる。これを人は天啓と呼ぶのかもしれない。なのでもちろん、コントロールができないのである。

 

無欲でいることに落ち着いた

わたしは学生時代に授業の内容を理解するのに時間がかかったし、アルバイトでも仕事を覚えるペースは中の下くらいだったと思う。理解しよう、早くできるようになろうとすればするほど空回ることもあった。


その代わり、一度しっくりと来てしまえば心の底から理解できたし、忘れることはない。ただし、先述した通り心身ともにマスターするのは早くても数ヶ月後なので、求められる時に力を発揮できない場合が多く、即戦力にはなりにくい。体力がない上に飽き性なくせに、持久戦を虐げられるのである。

 

このように自己コントロールができないまま生きてきたが、わたしはこういうものなのだと割り切ることにした。焦ってもいい結果はやってこない。自然の流れに身を任せよう。これも天啓のひとつである。

 

今はわからなくてもいずれ腑に落ちるのだから問題ないと自分に言い聞かせ、そのいずれの訪れを待ちながら、不器用な自分で暮らしているのである。

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